3 学力の格差

3 学力の格差

Student writing at desk in empty classroom with sunlight

学校では、子供たちの学力の格差が広がっていて、先生方もその指導に苦慮しておられるようです。

日本の社会は、平等な社会ですが、給与の格差などの貧富の格差が問題になって、それが話題になっています。

私は、給与の格差はあってもいいと思っていますし、それはあって当然だと思います。

したがって、ニュースなどで格差社会、格差社会と大騒ぎしている人たちに対しては、一定の疑問をもっています。どのような格差は妥当で、どのような格差が問題なのかを考えなければなりません。

日本で問題にしなければならないのは、教育や学力の格差なのです。それが機会の平等を奪ってしまうことが問題なのです。

大勢の人に同じチャンスを与えても、それによって成功する人、しない人がいます。また努力する人、しない人がいます。

この結果に対する責めは本人が負うべきであり、決して親や社会や政治が悪いわけではありません。

しかし、今の日本の教育現場では、学力格差は大きく、それはすでに小学校のころから始まっています。

これが本人の努力だけに起因するものではない点に、問題があると言えそうです。

現在は家庭環境も様々であり、また学校(特に公教育)についても学力をつけるのに十分ではない環境になりつつあります。お金があれば、学習塾に通い、補習をしてもらうなり、もっと高い学力をつけることもできます。

しかし、教育にお金をかけなければ、まともに学力をつけることができないのだとすれば、それこそが問題です。少なくとも基礎教育(義務教育)の時期には、だれもが充実した教育を受けられることが必要です。

その意味では、公立の教育機関の質の向上が望まれます。経済的に恵まれなくても、高い教育を受けられるよう、子供たちに教育の機会均等だけは保障しなければなりません。

もちろん、学習というのは本人次第ではあるのですが、特に義務教育の時代の子供たちは、環境に影響され、左右されることが大きいので、少なくともこの時期だけは、安心して万全な教育が受けられる環境を作りたいものです。

前にも述べましたが、この基礎学力は就職試験にまでついて回ることから、軽視できないのです。

物理的な環境はもちろん、人的環境も含めて、そこにこそ、最も力を注いでいく必要があります。公立の学校は質が低いから、私立を選択する、などということは基本的にはあってはならないと思います。

私立はその個性的な教育方針や教育内容に惹かれる人が積極的に選択していくものであり、やむを得ず私立学校を選択するなどと言うことは好ましくありません。

現在は教育の無償化、が言われていますが、基本的にはそれは公立に限るべきでであると思います。しかし、実際は公立の学校の質が低下し、私立希望が多くなってきていて、そのために私立も無償化という流れになってきています(無償化というのは結局は税金化であって、その負担は国民が負っていることは忘れないようにしてください)。

公立の学校はますます疲弊し、さらに質の低下が起こる可能性もあります。あるいは逆に生徒の数が減って、個別指導に近い指導が可能になり、その意味で質が上がるかもしれませんが。

教育行政のありかたは容易に個々人の努力で変えられない面がありますが、子供たちにとって最も重要な基礎教育の時期(小学校、中学校)は、ほとんどの子供たちが公立に通うと思います。個人としての自助努力はもちろん、親としては特に基礎教育の段階での子供たちの教育環境(物理的環境や教師の質、また子供たちの人間関係)については目を光らせておく必要がありそうです。

そしてその環境づくりに、積極的に関与すべきだと思います。この時期の学力格差をいかになくすか、ということは、社会全体でも、また親や教師も決して忘れてはならない重要な課題なのです。

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投稿者:

山道 清和

日本の未来への発展と繁栄のために、日本の学生には自分から学び、考え、自分の意見を持つことのできる人材になって欲しいと心から願っています。就職や公務員試験に関する相談も受け付けています。遠慮なくどうぞ。

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